東京高等裁判所 昭和28年(う)3982号 判決 1954年4月20日
控訴人 原審弁護人 小沢茂
被告人 林平一 外一名
弁護人 小沢茂
検察官 吉井武夫
主文
原判決中被告人甲に関する部分を破棄する。
被告人甲を八月以上一年六月以下の懲役に処する。
原審の訴訟費用は全部被告人甲をして被告人林平一と連滞して負担させる。
被告人林平一の本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は末尾に添付した被告人等及び弁護人小沢茂提出の各控訴趣意書に記載したとおりである。
弁護人小沢茂の控訴趣意第一点について。
裁判長又は開廷をした裁判官は、法廷における裁判所の職務の執行を妨げ、又不当な行状をする者に対し、退廷を命じ得るのみでなく、その他法廷における秩序を維持するのに必要な事項を命じ又は処置を執ることができるのであるから、法廷の秩序を維持する為め必要と認めれば、不当な行状をする者を法廷の存する建物の外に退去せしめることができることは勿論であつて、本件記録に徴し明らかなように、傍聴人が多数であつて、裁判官が退廷を促してもこれに応じないで喧騒を極めている場合には、その傍聴人を建物の外まで退去せしめることは法廷の秩序を維持する為め必要にして且つ相当な措置であると認められる。従つて小森裁判長の本件退廷命今は適法妥当な措置であつて、竹村弘その他の警察官がその命令に従い被告人等を建物外に退去せしめた行為は正当な職務の執行であるこというまでもない。論旨は独自の見解に立つて原判決を非難するものであつて、理由がない。
同第二点の一について。
原審において取調べた証拠によれば、被告人等は原判示公判の傍聴人として在廷したのであるが、小森裁判官が判決理由に次いで主文を朗読すると同時に傍聴人等が騒ぎ始めた為め、同裁判官は傍聴人全員に対し退廷を促したが応じないので、先づ朴魯に退廷を命じた処、被告人等は右退廷命令の執行に際し、警備員にどうして退廷する必要があるのか等と言寄り、他の傍聴人等も一層騒々しくなつた為め、遂に傍聴人全員に対し退廷命令がなされたものであることが認められるから、被告人等は公判傍聴の機会に不当な行状をしたものと言うべく、原審が「公判傍聴中」と判示したのは右の趣旨に出でたものと認められるから原判決には何等所論のような事実誤認の違法はない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)
弁護人の控訴趣意
第一点法令の適用違反
一、原判決が「被告人等は………公判の傍聴中不当な行状をしたため他の傍徳人等と共に同裁判官から退廷を命ぜられた者であるが同裁判官の指揮により右建物の外迄同退廷命令を執行中の警視庁巡査竹村弘に対し………」と判示していること及被告人等の本件行為を公務執行妨害と認定していることよりすれば、小森裁判官の建物の外迄に傍聴人を退去させる退廷命令が適法に行われたものであることを前提としていることは明である。更に右判示中に「不当な行状をした」という文言を使用しているところよりすれば、原判決が小森裁判官の退廷命令は裁判所法第七十一条による権限の行使であると認定していると推測することができる。
二、小森裁判官の退廷命令が刑事訴訟法第二八八条による法廷警察権の行使か、或は裁判所法第七十一条による法廷の秩序維持権の行使かは別問題として、法廷外のみに止らず法廷の存在する建物の外迄退去せしめる退廷命令は行過ぎであり、違法である。何となれば右何れの法条によるも裁判官の権限は法廷内の秩序を維持することのみに限られその範囲以外のことについては、何等の権限を有しないからである。このことは右両条の規定の文言によつて明白であり、疑問の余地はない。
三、若し法廷等の秩序維持に関する法律の規定により、裁判所又は裁判官は法廷又は法廷の周辺で直接に知ることのできる場所の秩序を維持する権限を有すると解釈する者がありとするならば、それは甚だしい誤解である。何となれば右法律は刑事訴訟法第二八八条の法廷警察権の行使或は裁判所法第七十一条の法廷秩序維持権の行使に対して、之に従わない者又は不穏当な言動で裁判所又は裁判官の職務の執行を妨害し、若しくは裁判の威信を著しく害する者に対する制裁及その制裁手続等を規定したものであつて刑事訴訟法裁判所法の定とは別に裁判所又は裁判官の法廷等の秩序維持に関して権限を附与したものと解することはできないからである。法廷等の秩序維持に関する法律が特別の制裁を設けその制裁手続を規定したものに過ぎないものであることは、右法律の規定の態様により自ら諒解されるところがある。
四、原判決が小森裁判官の退廷命令は適法な退廷命令であると認定していることは前述した通りであるが、退廷命令は法廷の秩序を維持する限度に於てのみ適法であり、法廷外のみに止らず法廷の存在する建物外迄退去せしめる退廷命令は不適法であるから原判決は刑事訴訟法第二八八条或は裁判所法第七十一条の規定を誤つたものと謂わなければならない。若し小森裁判官の退廷命令が不適法であるならば警視庁巡査竹村弘の行為は公務ということはできないものであり、被告人等の本件行為は公務執行妨害と認定することはできない。右法令の適用の誤は判決に影響を及ぼすこと明であるから原判決は破棄さるべきものである。
第二点採証法則違反及事実誤認
一、原判決は「被告人等は………公判の傍聴中不当な行状をしたため他の傍聴人等と共に同裁判官から退廷を命ぜられた者であるが………」と被告人等が公判の傍聴中に退廷を命ぜられた事実を認定した。しかし被告人等が他の傍聴人等と退廷を命ぜられたのは公判の終了した後であつて決して傍聴中ではなかつた。このことは原審証人渋谷逸雄の検察官の尋問に対する。最後に主文の朗読を終てから法廷が騒々しくなつたので裁判官が傍聴人の退廷を促したが退廷しませんでした。朴の問題で一層騒々しくなつたので傍聴人全員に対して退廷命令が出ました。という趣旨の証言及弁護人の反対尋問に対して、判決言渡前に裁判長より傍聴人に対して注意があり、言渡が終る迄は静かでした。という趣旨の証言によつて明である。右によつて原判決が被告人等は他の傍聴人等と共に公判の傍聴中に退廷命令を受けたという認定は事実の誤認であり、右の誤認は公判の進行中に法廷の秩序を紊した為に退廷命令を受け被告人等がその退廷命令に従はなかつたのは著しく裁判の威信を害するものとして、それぞれ原料決主文の如き実刑を受けたものであるから、著しく判決に影響を及ぼしたものと謂わなければならない。
(その他の控訴趣意は省略する。)